バンドマンイトーさんの見た世界
子育て

友達の定義って何だろう?子供が使う友達と大人が使う友達は違う!

友達の定義って何だろう?子供が使う友達と大人が使う友達は違う!

 

どうも。伊藤さんです。

さて、前回に続きまして、今回のお題も”友達”についてです。

 

前回の記事はこちらから

友達の定義とは?小さいころにほかの子をお友達と呼ぶ行為は果たしてよいのだろうか。友達の定義とは?小さいころにほかの子をお友達と呼ぶ行為は果たしてよいのだろうか。 どうも。伊藤さんです。 最近な...

 

大人の使う”トモダチ”に深い意味はない?

 

さて、みなさんは友達という言葉をどんな時に使いますか?

恐らく心を許している親類以外の人に対して使う言葉だと思います。

 

 

僕自身も友達という言葉にはそんな意味が含まれているということは、

小さいころから知っております。

しかし友達の意味をどこで学んだのかはわかりません。

生活する中で自然と、友達とはこういうものだというものが

体に染みついていくのだと思います。

 

 

そんなこんなで友達という単語は割と小さいころから使われており、

友達とはこういうものなんだなっということを成長に伴い学習していくのだと思います。

 

 

しかし、大人が子供に対して使う”トモダチ”には全く違う意味が含まれていることに

僕は気づきました。

 

 

いえ、薄々気づいてはいたのですが、実際に自分の立場が親目線となった今、

確信したという言い方が正しいでしょう。

 

 

先に結論から言ってしまうと、

大人が子供に対し使う”トモダチ”という単語には、

気心の知れた中という意味はほぼ含まれておらず、

単純に、子供の周りの赤の他人を指す言葉でしかないのです。

 

 

具体例として、前回の記事に書いた僕の母親のように、

ただのクラスメイトのことを呼ぶ単なる呼称でしかないのです。

そこに精神的、感情的な思いは一切なく、

肉体的に違う人間であることを”トモダチ”と呼んでいるだけにすぎません。

 

つまり大人が子供に使う”トモダチ”は淡泊な使い方であるのです。

 

 

他にも”トモダチ”という単語は昼下がりの公園なんかにいくと聞くことが出来ます。

3,4歳ぐらいの子供をつれたママさんが、

 

「ほら、オトモダチもいっぱいいるね。遊んでおいで」

「オトモダチが先に遊んでるから順番だよ」

 

とか言っているのをよく聞きます。

 

 

オトモダチと言ってはいますが、

一緒に遊んでいるわけでもないので、

恐らく同じ公園で遊んでいた全く面識のないよその子のはずです。

 

しかしながら、友達という単語の意味を理解しているにも関わらず、

僕ら大人は大して仲良くもない、初対面でもあるようなよその子供に対し

”トモダチ”と使ってしまうのです。

 

それはなぜでしょう?

きっと何か意味があると思いますので考えてみました。

 

何故大人は”トモダチ”と言ってしまうのか?

 

さて、先ほども書いたように

僕ら大人は友達という言葉の持つ意味をしっています。

一緒にいたら楽しい、気心の知れた仲である人のことを、

”友達”と呼んでいるのです。

 

そんな意味を理解しているのにも関わらず、

よそのどうでもいい子供を”トモダチ”と呼んでしまうのはなぜでしょう。

 

 

それは恐らく子供の情操教育上”トモダチ”と呼ぶ方が

都合がいいからだと思います。

 

 

さて、ここで世の親御さんたちに質問します。

 

自分の子には思いやりのある人に育ってほしいと考えますよね?

 

人間として生きるにあたって、他人の気持ちや痛みを読み取る力は

必ず取得していなければならず、

人を象るための最低条件だと僕は思います。

 

「自分の子供は犯罪者になったりしないかな?」

「自分の子供はいじめられたりしないかな?」

 

そんな不安が常識的な親であれば常に付きまとうはずです。

 

そのため、ほとんどの親は自分の子供に思いやりのある人に育ってほしいと考えるに違いありません。

 

 

話を戻します。

 

なぜ子供に対してよその子を”トモダチ”と呼ぶか。

 

 

それは思いやりのある子どもに育ってもらえるように、

プラスイメージである”トモダチ”を使うことが、

教育上よろしいからだと僕は思います。

 

 

例えば名前も知らないよその家の子供を、

 

「よその子」

「あの人」

 

という具合に呼ぶと、どことなく冷たい感じがすると思います。

 

そんな冷たい言葉を自分の子供に対して使っていると、

他人という存在をないがしろする、

あるいはぞんざいに扱う人に育ってしまうのではないか、

という不安がなんとなく頭の中にあるんだと思います。

 

反対に、

友達という単語には

人のぬくもりだとか温かな思いが込められていると僕は思います。

プラスかマイナスかでいったら断然プラスのイメージでしかありません。

実際温かな気持ちにしてくれる存在のことを友達と呼んでいるので当たり前なのですが。

 

 

友達というプラスイメージの単語を使う方が

子供の情操面の教育に都合がいいから

他の子を呼ぶときに”トモダチ”という言葉を

使ってしまうのだと思います。

 

 

しかしながらこの”トモダチ”という呼び方は、

大人のエゴがふんだんに含まれていると僕は思います。

 

次回はこの”トモダチ”という言葉に潜む不都合を書いていきたいと思いますので待て次回。

 

次の記事へ

友達の定義をはき違えることは子供の教育によろしくないのか友達の定義をはき違えることは子供の教育によろしくないのか どうも。伊藤さんです。 さてさて、 今回も前回に...

 

 

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イトーさん
とあるバンドのキーボード担当。 でも音楽は全くしていない。そんなバンドマン。

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