秋の夜長の鎮魂歌
最近、めっきり涼しくなってきて過ごしやすいです。
家の中より外のほうが涼しい日もありますよね。
そんな秋の入り口に差し掛かった最近は夜の散歩がおすすめです。
かくいう僕も真夜中の2時過ぎにアイスを買いにちょっくらコンビニなぞに散歩がてら出かけては秋という季節を楽しみ始めています。
秋の夜といえばやはりコオロギだとか鈴虫ですよね。
あっちらこっちらでリンリンチンチン鳴いている音が耳に入ってくると体感温度もさがってきます。
あの声って確か、オスがメスを誘うための音なんですよね。
つまり「俺は交尾準備万端だぜー!リンリンチンチン」ってな具合の呼びかけというかキャッチというか、「お、お姉さんちょっとやってかない?リンリンチンチン」みたいな感じなんですよ。
そんな声を聴いて「秋だねー」とか「涼しくなったねー」という具合に秋という季節を感じる日本人はやはりどこかしら狂った種族なのだなと思います。
一方では「おいらの子供を作ってくんろー!」と人生の集大成をこの世に残すために必死に女共にアピールしているのに、その声を聴いた一方では「そろそろ長袖をおろさないとなー」とか考えているんですよ。正気の沙汰ではないです。
そんな鈴虫だかコオロギだかの魂の叫びを聞いていたら、昔あった出来事を思い出しました。
あれは小学生のときだったでしょうか。
僕は弟と家で過ごしていました。
季節は同じ秋で、外ではリンリンチンチンとコオロギたちが鳴いている季節でした。
冷房もいらなくなり、窓を開けて弟と二人で涼しみながらゲームをやっていました。
そんな中突然弟が「あ、コオロギだ」と発しました。
どうやらコオロギが窓から入ってきたようでした。網戸にしていたのですが、ところどころやぶれていたそれは網戸としての機能を完全に失っていたと思います。
なので、時折蛾だとかカメムシだとかが「お?やってる?」ってな具合でいらっしゃいませするのですが、コオロギが入ってくるのは久しぶりでした。
たいていは捕まえてそのまま外に逃がすのですが、先日見たテレビで鈴虫を箱にいれ、その声を楽しみながら涼をとるということをやっていました。
そういういらぬ知識を得てしまうとやらずにはいられない小学生。
僕は弟に「ちょっと捕まえといて」と言い残し、虫を入れるに適した箱を探しましたが、あいにく具合のよさそうなものがなかったので、さっき食べたコアラのマーチの空き箱を片手に弟のとこに戻りました。ふふふ、さっきまでコアラがマーチしてたけど今度はコオロギがマーチするんだな、とかくだらないことを考えていたと思います。
「捕まえた?」
戻ってきた僕は弟に聞きました。
「捕まえたよ!」弟は嬉しそうに手に持ったコオロギを僕に差し出しました。
しかしそれは残念ながらコオロギではなくゴキブリでした。
「おまっ!それゴキブリだわ!!!!」
僕は慌ててコアラのマーチを弟に差し出し「とりあえずこの中にいれろ!」と指示しました。
「わかった!」そう言って弟はコアラのマーチにゴキブリをインして僕はすかさず箱を封じました。
もう完全にさっきまでのテンションはございません。
コオロギで秋の涼を感じようとか思っていたのに、まさかのゴキブリです。虫がある程度いける小学生でもさすがにゴキブリは想定外というか、なんというか、とにかくダメなやつです。
コアラのマーチに入ったゴキブリは中で暴れているのかしりませんが、ガサゴソガサゴソ音がします。
コアラでもなく、コオロギでもなく、ゴキブリのマーチがそこにはありました。
「ゴキブリ触っちったよ……」
弟は封印したコアラのマーチを見ながらショックを受けていました。
コオロギとゴキブリの区別もつかないんだからもはやゴキブリを触ったことにショックを受ける必要もないだろと僕は思いました。
そう考えると、見てくれはあまり大差ありません。
しかしながら片方は秋の風物詩で、もう片方は地球から絶滅してほしいもの一位の無冠の帝王なのです。
ゴキブリも美しい声を出しながらメスを誘惑するような虫だったら、日本人にもう少しは好かれていたかもしれません。
しかしその一つの特徴がないだけで嫌われ者になってしまうのです。
人間同士でも、顔のパーツが少し違うだけでイケメンともてはやされたり、ブタメンとけなされたりするでしょう。人間というのはそういう生き物なんです。だから決してゴキブリが悪いわけじゃないんだ。人間がすべて悪い。この世にはびこっている人間がいつも悪なのだ。
小学生ながらそんなことを秋の夜長に考えながら封をしたコアラのマーチを「はい、これ夜食」と伝えながら父親に手渡すのでした。
そんなことを秋の散歩をしながら思い返したのですが、ゴキブリをコオロギと間違う弟も大概だけど、ゴキブリのマーチを父親にあげる僕も大概だったなと今にしてみれば思います。
しかし何より一番大概だったのは、特にお腹も空いてなかったからなのか、そのゴキブリのマーチを食べることなく机のわきに置いて、何日か経った後に「これ、食べないからやるよ」と言って弟に上げている父も大概だったな。
ついでに嬉しそうに封を開けて、「あ、コオロギ入っているよ」とまたつまみだした弟は心底頭が悪かったのだと散歩をしながら思い出し笑いをした、そんな夜長の秋でした。