プレゼントとしてゴミを渡すことで男を磨いた少年
「プレゼントは何が欲しい?」
あれは確か、25歳ぐらいの時分に僕が放った言葉だった。
その時、僕は後の妻になる女性と付き合って3年目を迎えようとしていた。俗に言う「付き合った記念日」に送るためのプレゼントに何が欲しいかを彼女に聞いた。
「うーん……なんでもいい」
彼女はぶっきらぼうに答えた。付き合って3年も経つと、この時彼女がなぜぶっきらぼうに返したのか、その感情がなんとなく想像できた。
彼女は、ありきたりな「彼氏からされたらキュンッとなるようなこと」をされるのが大好きだった。例えば、女性に道路側を歩かせないようにさりげなくエスコートする、だとか、最後は車で家まで送り届ける、だとか、メールはおはようからおやすみまで、暇があれば電話、etc……
恋愛というものをあまりしたことがないピュアな男子高校生が、初めてできた彼女のためにどこぞの少女漫画を読んで得た知識……そんな知識をピュアに実行に移されると喜ぶのが、僕の彼女だった。つまり、頭の中が少女漫画で出来上がっているのだ。白馬の王子様が迎えに来てくれる、そんなことを常日頃考えているような、少女漫画女子だ。
当然僕も、彼女のためにあらゆることを行ってきた。しかしながら、付き合って3年にもなると、色々と面倒になってくる。そんな倦怠期に突入した3年目の記念日プレゼントを考えている時につい口から出たのが冒頭のセリフであった。
「本当になんでもいいの?」
僕は聞き返した。聞き返さなくても答えはわかっているのに聞き返したのだ。
「うん、気持ちだからね」
プレゼントはモノではなく気持ち。そう彼女は言った。ピュアな目で。
わかっていたのだ、彼女がこう返してくることは。つまり、”私の喜ぶ顔が見たくて、必死に考えてもらったものならなんでも嬉しい”ということなのだ。
彼女はモノよりもそういった気持ちを大事にしているので、なんなら高価な指輪でなくとも気持ちのこもった手紙を送る方が喜ばれるのだ。
それはそれでお金がかからないのかもしれない。しかし悲しいかなそこは価値観の違いが見え始めた。
僕は、プレゼントをもらうのであればやはり使えるものが欲しい。気持ちは二の次で、本当に欲しいモノが欲しいのだ。今その時欲しいものを自分の金を使わずにとにかくほしいのだ。下衆な男だと思う。
だから、彼女も気持ちとか言っているけれど、ほんとのところ欲しいモノがあるのだろう。きっと、できる男なら普段の会話の中で彼女の欲しいものを把握して、さりげなくそれをプレゼントするのだろう。しかし僕はそんなことができるようなモテ男でもないし、そもそも何が欲しいかをその時に面と向かって改めて聞く方が確実であると考えてしまう。
なので、彼女がなんと答えるかがわかったうえで聞いてみたが、やはり想像通りの答えとなってしまった。
僕は悩んだ。彼女が何を欲するのか皆目見当もつかない。いっそ花でもあげるか?でも花なんてもらっても僕はうれしくないし……そんなことがぐるぐると頭をまわり、禿散らかすほど悩んだ。そもそも、僕が考える”彼女の欲しいもの”が本当に彼女の欲しいものかがわからないのだ。これがわからない限り、僕は彼女の笑顔を得ることはできないだろうと考えていた。
何がいいのだろう……
改めて彼女の「気持ちだから」という言葉を考え直した。”モノ”以上の”気持ち”なんてそもそもこの世に存在するのだろうか。自分の経験を振り返ってみても、出てくるのは苦い記憶ばかりであった。
…………
あれは小学生の時だったと思う。
当時のクラスの担任(女)の思い付きで、クラス内でプレゼント交換会を開くことになった。
クラスメイトが各々プレゼントを持ってきて、それをクラス内で交換するという催しなのだが、この話を聞いた時、僕は「まためんどうなことが起きたなー」と思った。肝心のプレゼントを何にすればいいのかわからなかったからだ。
「そうねー。家にあるもので、買ったけど使わなかったものとか、そういうものがいいかもねー。ノートとか鉛筆とかそういうちょっとしたものでもいいのよ」
先生は補足情報を与えてくれたが、僕の悩みは深みにはまるばかりだった。そもそも使いたいから買うのだから、買って使わなかったものなんてないのだ。先生の言っていることはおかしい。それは金がある大人の発想だ。お小遣いなんて駄菓子を買うのに消えてしまう小学生の時分に、使っていないものなんてないのだ。
僕はその日の帰り道、何をプレゼントしようと考えているのかを友達の羽山に聞いた。
「俺は、スーファミのメトロイドにしようかなー」
羽山はふとっぱらだった。確か、当時ニンテンドー64が発売されたころだったと思う。新しいハードがでたのだから、旧世代のソフトはいらなくなってきたのだろう。とはいえ、メトロイドといえば言わずと知れた名作だ。当時、僕の家にはメトロイドがなかったから、ものすごく欲しかったと同時に、なぜメトロイドを大放出するのかが疑問で仕方なかった。
「いやー、結局何回やっても難しくてクリアできないからもういらないんだよねー」
そういって羽山は悔しそうに笑みをこぼした。なるほど。自分ではクリアできないから、誰か他の人がクリアすることに望みを託したのだ。
「絶対僕がもらう!」
僕は鼻息荒く言った。メトロイドがもらえるかもしれない。ワクワクが止まらなかった。羽山の家に遊びに行ったときに何度かプレイしたが、放課後の2時間ぐらいプレイしただけではクリアできないゲームだ。自分の手中に収めて、思う存分プレイしたい。
「僕がクリア画面を見せてやるよ!」
羽山に自信満々に伝えた。プレゼント企画すげぇー、あの担任やるなー。まだ僕の手にはメトロイドはないのに既に手に入った気でいた。
「っで、お前は何をプレゼントするの?」
「……全然思いつかない」
羽山が急に現実を突きつけてきた。結局羽山に聞いたのは間違いだった。メトロイドというかなり大きなハードルを作ってしまったのだ。
「まぁ、プレゼントってモノじゃなくて気持ちっていうし、そんなにいいものじゃなくてもいいんじゃない?」
羽山はアドバイスをくれた。
「わかった、探してみるよ」
僕はため息を吐きながらつぶやいた。
家に帰るなり、僕は必死にプレゼントできそうなものを探した。しかしメトロイドに匹敵するようなものは僕の家にはなかった。いや、もちろんゲームはいっぱい持っていたが、人にあげてもいいゲームは一つとしてなかった。どのゲームもたまにやり直しているから、手元に置いておきたかったのだ。
「どうしよう……」
プレゼントを探すため、勉強机の中をあさっていると、未使用の鉛筆が二本出てきた。もちろん鉛筆だって使う必要があるから買うのだから、未使用のものなんてないと思っていたが、机の奥深くに眠っていた。なぜ、未使用なのかを思い出した。
確か、この鉛筆はハワイに旅行に行った親戚が現地で買ってきた鉛筆だ。小学校に入りたてだったから、筆記用具としてお土産にもらったのだ。しかし一本使ってみたところ、あまりに書きづらく、色の濃さも物凄く薄かったため、一本使って残りの鉛筆は弟にあげたのだった。それの残りがまだ机に眠っていたのだ。
「ハワイのお土産だし、これいいかも」
僕は二本の鉛筆を握りしめた。しかし、これだとメトロイドを前にするとかすんでしまう。いくらハワイ土産といっても、これだけだとあまりにもお粗末だ。しかもめちゃくそ書きづらいし。仕方なく家中くまなく探し、父親の机の中からある程度使用されているMONO消しゴムを拝借した。MONO消しゴムといえば、言わずと知れた定番消しゴムである。クラスメイトのみんなは流行っているキャラクター物の消しゴムなどを使っていたため、MONO消しゴムの消しやすさを知らないかもしれない。MONO消しゴムを愛用していた僕は、MONO消しゴムの消しやすさに感動するクラスメイトを想像しながら、これもプレゼント候補として握りしめた。
こうして、プレゼント交換会に僕が用意したプレゼントは「ハワイ土産の使いにくい鉛筆二本」と「日本産のとても使いやすい消しゴム」に決まったのだ。今思い返すとなんとも貧相ではあるが、これ以外にプレゼントが存在していなかったのだからしょうがない。
そして僕は、羽山が言った言葉を思い返していた。プレゼントは気持ち。つまり、この「とても使いにくいハワイ産の鉛筆」を使うことで、どれだけ日本の鉛筆が素晴らしいかを再確認できること、さらにMONO消しゴムを使うことで、同じ日本のモノでも他と比べより優れた文房具があること、そんな気付きをクラスメイトに与えたいという想いを込めて、僕はこの貧相なプレゼントにしたのだ。
まぁ、ゴミを押し付けられている感が半端ないのだが……当時の僕は本気でそんなことを考えていたと思う。
そしてプレゼント交換会当日。
周りのみんながきれいにラッピングしている各々のプレゼントを抱える中、僕は鉛筆二本と使用感あふれるMONO消しゴムを握りしめていた。ラッピングなんてされていない、ままの鉛筆と消しゴムである。もう見るからにゴミを持っている。
そしてプレゼント交換がはじまった。クラスメイトは円になり、音楽にあわせみんなプレゼントを隣の人に回していく。
メトロイドはどこだ……僕はメトロイドにしか目が行ってなかった。そしてある程度回ったところで、音楽が止まった。僕の手に舞い込んだのはメトロイドではなかった。中身はあけなくともそれだけはわかった。うさぎの可愛らしいキャラクターが描かれている包装紙でラッピングされたものが僕の手元には存在していた。非常に残念であったが、こればかりはしょうがない。
そう思い、ラッピングを開けてみると、中からはこれまた像とかうさぎとかくまとか可愛らしい感じのイラストが施されている文房具セットが出てきた。これを用意したのはおそらく女子だろう。せっかくもらったのに、僕はこの文房具セットを使う気にはなれなかった。男子がこんな可愛らしいものを使えるはずがなかった。こんなものを使ったら男友達から「オカマじゃん!」とからかわれること請け合いである。
「近所のチビにあげるか……」
ハワイ産の鉛筆といい、人からもらったプレゼントをことごとく他の人にプレゼントをしていこうとするあたり、かなり性格がねじ曲がっている。しかしながら、このころからやはりプレゼントは”気持ち”より”モノ”という考えがあったのだろう。使えるものは使える人のもとにあげたほうが、モノもうれしいはずだ。
そんなことを考えながら、僕のスーパー文具セットは誰の手に渡ったのかを見渡すと、とある女子の手に握られていた。その子の表情は、なんとも言えない顔をしており、まだ発達しきっていない僕の脳でも「あ、これは帰ったら捨てられるやつだな」と容易に想像できた。
まぁでも、とりあえずこれでプレゼント交換会は終わったのだ。ようやく終わってくれた。僕は安堵した。その日の放課後、早速僕は手元に舞い込んだ文具セットを、母親同士が中の良い近所のちびっこ女子にあげてしまった。
そして数日後の放課後に事件が起きた。
その日も僕は帰って何のゲームをするか考えながら鼻歌交じりに家路についていた。
すると、同じクラスメイトの早瀬が現れた。
「あ、早瀬じゃん。家こっちだったっけ?」
僕は早瀬が苦手だった。すこし高飛車で、ませていて、僕ら男子がふざけていると真っ先に先生にチクる面倒くさい女だった。そんな早瀬が僕の目の前にいきなり現れた。しかも、表情を見る限り少し怒気が感じられた。平静を装っているつもりだが、内心悪いことでもしたか?と自問自答していた。
「あんたでしょ?」
「何が?」
「あのふざけた鉛筆と使いかけの消しゴムをプレゼント交換に回したの」
僕だ。それは間違いなく僕だ。ほかにあんなしょぼいプレゼントを用意した人はいないだろう。まず間違いなく僕だ。
「あぁ……多分そうだね……」
多分ではなく、絶対僕だ。100%僕です。
「よくあんなのプレゼントにしようと思ったね」
早瀬は冷ややかに言った。仕方ないじゃないか、あれしかあげられそうなものがなかったのだから。僕は思ったことをそのまま口に出した。
「はぁ……人がせっかく文房具セットにしたというのに……」
「え?あれ早瀬のだったの?」
そう。偶数人数であった僕のクラス。ちょうど、音楽が止まったタイミングが、対面にいる人のプレゼントとの交換になる形になっていた。つまり、早瀬のプレゼントである文房具セットと、僕のプレゼントであるゴミ文房具セットがそのまま交換ということになっていたのだ。
「そうだよ!人があんなに良いものを選んで持ってきたのに、あんたときたら……ほんと、よくこんなものプレゼントにまわす気になったね」
よほどゴミをプレゼントされたのがお気に召さなかったようで、早瀬は語気を少し荒げながら同じことを繰り返した。
「で……でも、プレゼントは気持ちだっていうじゃない?だからあれにしたんだ」
大事なのは、モノじゃなくて気持ち。さもこちらが正解だといわんばかりに反論したが、そもそも気持ちがこもっていたらあんなゴミをプレゼントしようとは思わないところに矛盾を感じる。
「気持ち……?」
早瀬がうろたえた。予想に反する言葉が返ってきたのだろう。
「そう!気持ちだよ。あれはハワイで買った大切な鉛筆なんだ。消しゴムだって、ものすごい使いやすくて、この使いやすさを知ってほしかったからあれにしたんだよ」
僕は自分の気持ちを正直に答えた。嘘は言っていない。
「そうなの?確かに消しゴムは使いやすかったわ。鉛筆は使いづらかったけど……ハワイで買った大切なものだったのね」
語気が少し弱まった。
「そう。だから大切に使ってくれよ」
「……わかった。とりあえずありがたく受け取っとく」
どこまでも高飛車なやつだが、僕がいかに大切にしているものかがわかってくれたみたいで、少し笑みがこぼれていた。勘違いなのだが。
「ところで、私のあげた文房具セットは使ってるの?学校で使っているところ見たことないけど」
まずいところを突っ込まれた。あれは、その日のうちに別の女の子にあげてしまったのだ。女からもらったプレゼントを別の女に渡すなんて、とんでもないことをしていると自分でもわかっていたが、後日突っ込まれたときのことを何も考えていなかった。
「あ……あれは家に大切にしまってあるよ!」
僕はうそをついた。
「なんでよ!使ってよ!」
「いや……でもあれ、可愛すぎて学校で使うとからかわれそうで……」
とりあえずこの場をやり過ごすことに全力を注ぐのだ。もしもう手元にないことがばれたら、先生にチクられてしまう!
「まぁ確かに女子に渡ることを前提に考えていたからね……そこはごめんだけど、しまわないで使ってよ!」
「あ、でも鉛筆は使ってるよ!」
とりあえず話を合わせながらやり過ごそうとする僕。
「……見に行く」
「え?」
「本当に使ってるか家まで見に行く」
「え?え?」
まずい。まずいことになった。本当は使ってない。使ってないどころか家にない。別の女が持っている。
「えぇっと……」
「何?本当は使ってないんじゃないの?」
「いや……使ってるけど……今日は用事があってダメだなー?」
僕は必死に平静を装おうとした。
「じゃあ明日、見に行く」
「明日も用事が……」
「……」
怖い。早くここから逃げ出したい。
「あ……明日なら、うん、明日ならいいよ」
早瀬の無言の圧力に屈した。
「わかった。じゃあまた明日ね、バイバイ」
そういって早瀬は逆方向の自宅に帰っていった。
やばい!明日までになんとかしなければ……早瀬に殺される!
そう思い、僕は全速力でプレゼントを渡した女の子の家に向かった。幸い、鉛筆が一本使われているだけで、他は問題なく残っていた。
僕は女の子にあとでまたあげるからと約束をして、早瀬の文房具セットをいったん返してもらった。
次の日、なんとか早瀬に合わないように帰ろうとすると、校門で早瀬が待ち構えていた。
「昨日の約束。今日ならいいんでしょ?」
「う……うん」
とりあえず物は回収できたのだから、ビビる必要もないのだが、何か怒っているようでこわかった。だいたい、自分のあげた文房具セットがどうなろうが関係ないじゃないか。なぜそんなにこだわるのか、理解が追い付かなかった。
「お邪魔しまーす」
「親いないから……適当に座って」
かぎっ子であったため、家には僕と早瀬しかいなかった。僕は早瀬を自分の部屋に通し、ビクビクしながら座らせた。
「っで、文房具セットは?」
早速本題に入った。大丈夫、昨日、わざわざ回収したんだ。何も問題はないはずだ。
「これ……」
そう言って僕は文房具セットを早瀬に渡した。ほぼ新品の箱に、鉛筆やら消しゴムやら定規やらがきれいに収まっている。そのうち一本の鉛筆は使用中であった。
「うんうん、ほんとに使っててくれてたんだね」
そう言って早瀬はご満悦だった。
「でしょ、だから何もないんだって」
何もないんだって、とか言ってしまったら、何かあったと言っているようなもんだ。
「なんだ、捨てられたかと思って心配して損した」
「捨てないよ、せっかくもらった大切なものだからね」
そういったら早瀬の顔に笑顔が浮かんだ。さぁ、これで満足したろ?満足したなら早く帰ってくれ。僕はヨッシーアイランドをプレイしたいんだ。そう心の中で考えていたら、文房具セットを箱にしまおうとした早瀬の顔がまた曇った。
「……ねぇ、”上島さくら”って誰?」
「……え?」
早瀬は箱の裏面にマジックで書いてある”上島さくら”という名前を指さしながら聞いてきた。そう、プレゼントを横流しした女の子の名前がまさに”上島さくら”だった。確かに学校では自分の持ち物には名前を書けと指示される。さくらも、自分のものに名前を書いただけなのだ。しかし裏面であったがゆえに僕は名前が書かれてしまっていることに気付かなかった。やりやがったさくら。
「あ……う……えぇっと……」
「誰よ?」
早瀬から怒りの気配を感じた。このままだと担任にチクられるどころか、校長、いや、教育委員会にチクられかねない。必死にこの修羅場を抜け出すため、頭をフル回転させた。
「あぁ……んー……!」
僕はひらめいた。
「カードキャプターさくらだよ!」
「!?」
早瀬は目を真ん丸にした。
「女の子の文房具セットに男の名前を書くのも変かなと思って……。カードキャプターさくらが好きだから、とりあえずさくらちゃんの名前をつけたんだ」
なんとか言い訳を思いついた。これならこの窮地を脱せるはずだ……!
「そうなんだ……。男の癖にカードキャプターさくら見てるのね……きもっ」
さげすんだ目で僕を見ながら早瀬は言った。
「ごめん……」
確かに気持ちが悪いので僕も素直に謝った。
「でも……さくらちゃんの苗字って上島だったっけ?」
「多分上島だったはずだよ。うん、きっとそう」
多分違うと思う。
「……でも、よかった。ちゃんと大切に使ってくれているみたいで」
そういって彼女はほっとしたのか、口がほころんだ。
「だから言ったでしょ?せっかく早瀬からもらったんだから、ちゃんと大切にするよ」
早瀬からのプレゼントだと言うことは、後に知ったはずなのだが、さも最初から知っていたことを装った。とりあえず機嫌を取らなければ。
「ありがとう。私もあんたのプレゼント大切にするね」
そういって早瀬は笑って見せた。
そのあと、早瀬と二人でボンバーマン3やパロディウスをプレイして、5時のチャイムが鳴ったので解散した。
帰り際に早瀬は僕に言った。
「ちゃんと大切にしてね!」
「わかってるよ」
彼女は満足そうに帰っていった。
…………
あの当時、なぜ早瀬が人にあげた文房具にここまで執着するのかがわからなかった。よほど気に入った文房具セットだったのだろうと自分を納得させていたが、今考えるともしかしたら早瀬は僕に好意を持っていたのかもしれない。でないと、僕があげたゴミ同然の文房具セットを大切にするなんて言わないはずだ。自惚れなのかもしれないが、あの日の彼女の笑顔を思い出すと、おそらくそうだったのだろう。
結局その後は何もなく、お互い小学校を卒業し疎遠になるのだが、あの日のことは色あせることなく今も思い出せる。
あの後近所のさくらちゃんに文房具セットを改めて渡すことが憚られたため、机にそっとしまった。しかし引っ越しなどのどさくさに紛れ、今、僕の手元に彼女の文房具セットはない。
文房具セットは手元にないが、あの日、彼女が僕に向けた笑顔は心に残り続けている。これがきっと、モノではなく気持ちのプレゼントなのだろう。
そんなことを思い出し、付き合っている彼女へのプレゼントを改めて考えてみる気になった。彼女が喜ぶものを考える時間、そして”僕”という存在が彼女のことを想いながら選んだモノ。そういった時間や想いが詰まったモノを渡す行為が、”プレゼント”ということなのだろう。
そして僕はとても便利で、彼女もすごく喜んでくれるだろう品として、悩んだ末にどこでも携帯を充電できるモバイルバッテリーをプレゼントするのだが、
「ほんと、いつまでたっても女心がわからないね……」
と言われ、結局早瀬の笑顔を見たあの日から何も変わらない自分が存在することに気付いたのだった。